膝をついて見送っている老夫人を振りかえって、
「名医はまだ起きんのか?」
 ときいた。大学の医学部に学んでいる息子の慶太郎を、こんな愛称で呼び慣れている。
「なんですか、昨夜は遅くまで起きて居りましたようで……」
 夫人のとりなしには構いつけない容子で、
「慶太郎! おい、慶太郎!」
 階段へ向って大声に呼ばわりながら、握っていた籐のステッキで性急に沓脱石を叩いた。
「ひどいなあ、お父さん、ゆうべは僕、徹夜だったんですよ」
 寝衣の前をかき合せて慶太郎が渋りながら降りてきた。
「いかん、いかん、医者が徹夜ぐらいでへこたれて、どうする」
 唐沢氏は笑みを含んだ顔で大きく呶鳴っておいて、
「そんな怠けようでは、立派な国手になれんぞ」
 わっはっはっ、と笑いながら玄関を出て行った。
 頭を掻きながら慶太郎は、いつになく上機嫌な父を腑におちぬ顔で見送っていたが、やがて、廊下つづきの応接間へ莨を探しに入っていった。老夫人も続くと、啣えた莨へ燐寸を擦りかけた慶太郎の眼が窓の外へ吸われたように動かない。その眼を辿って、夫人が何気なしに外を見やると、何かの忘れもので車庫へでも駈けつけたのか運転手の姿は
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