「旦那さまの御意見で、お前は動くおつもりかえ?」
「いいえ、ただ……」
 おしもは眼を伏せた。唐沢氏の気もちを斟酌して、それで動こうとする容子がよく分るのである。
「お嫁にいくのは旦那さまではなく、おしもなのだから、おしもが独りで決めて構わないのだよ」
 それを云いながら老夫人は瞼の熱くなるのを覚えた。唐沢氏に気兼ねをして、おずおずと居竦んでいるおしもが不憫だというよりは、おしもを其処におく無智の仕業が哀しまれた。
 その夜は話がまとまらず、数日をすぎて、おしもの方から安藤のもとへ嫁がせてくれるように、と頼みこんできた。若い木村よりも、四十男の安藤の方が手堅そうだから、というのである。唐沢氏からも聞かされたのであろうが、それがおしもの望みとして頼まれれば、拒むことの出来ない夫人の立場であった。早速に、園子を招んで、この旨を伝える。園子から安藤へ話を橋渡しして、やがて、当の安藤久七が羽織袴に威儀を正して、唐沢邸へお目見得にやって来る。頭を熊さん刈りにしているのが気にいらないだけで、あとは仲々見映えのする色男だと、おしもも上機嫌である。老夫人のはからいで祝儀の仕度が初まった。師走に入っ
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