しても、これまでの情愛から木村へ世話をしてやるのが当然のことだ、と夫人は思いこんでいたのだった。それが、今の言葉である。男の横暴さ、無慈悲さ、冷淡さ、を夫人はそこに見た気がして寒む寒むしい思いに閉じこめられるのだった。
 唐沢氏が寝室に入った気配をききすませて夫人はおしもを呼んだ。
「この間の縁談のことだけれど、おしもは、木村さんと安藤さんと、どちらへ嫁《ゆ》きたい気なんだえ?」
 霜やけでころころに膨れた手を膝の上で揉みながらきいていたおしもは、ニコニコした顔をあげて、即座に、
「どちらでも、よろしうございます」
 と応えた。まるで、他人事を相談されているような暢気な顔である。
「そんな曖昧な返辞では困るのだよ。本人のおしもが決めてくれないでは、話が捗どらないからねえ」
 云いながら老夫人は、こんどだけは良人の言葉をはじいて、おしもの希望通りに話を運んでやりたい、と念じるのだった。
「どちらでも、よろしいんでございますが……」
 と、おしもは同じことをくりかえして困ったらしく俯向いて頬を掻いたりしていたが、
「旦那さまは、何んと仰言いましたんでございましょう?」
 上眼で、こう尋ねた
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