て坐っていても新聞を読むか、書見に時を過すか、眼をつむってラジオの小唄などに聞きとれている場合が多い。そんな時の老夫人は何か手持ち無沙汰で、居たたまれぬ気がした。今も、気のない返辞に話の穂を折られて困っていると、
「おしものことなら、そちらへまかせたはずだが……」
新聞から眼を離さずに云った。
「それでも、このことだけは御相談申しあげませんと……」
夫人は、木村康男と安藤久七をもち出した。そして、分が違うだろうけれど、木村がおしもを娶ってくれるなら、こんな仕合せなことはない、と自分の気もちを徐かに語った。
新聞の囲いの中でそれを聴いていた唐沢氏は、ちょっと考えている模様だったが、
「木村は過ぎる。安藤の方がよかろう」
押しつけるような声音だった。
「でも、年齢《とし》が大へんに違いますし、おしもが……」
それを云わせず、唐沢氏は、
「女中には小使いが相応だろう」
忙しく新聞を置いて、眼鏡をとりながら座を立った。
他にわけがあるにせよ、良人が安藤を推したのは、意外なことであった。おしもへはあれほど深い関りをもっている良人が、たとえ、おしもを手離すことで不快な思いをしているに
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