も、それとなく独身の社員を探すようになる。木村康男といって、本年二十八歳、商業出の俸給六十円、会計課勤務の男と、もうひとり、永年この社の小使いをしている安藤久七という四十男、先年女房に死なれたのでその後釜を欲しがっているという。横尾氏はこの二人を候補者に内定しておいて、万端は園子へまかせてしまった。
 今日も、電話口へ呼び出された老夫人は、園子に返辞を強いられて、
「まだ、お父さまへもよく御相談をしてみませんからねえ、あすにでもなったら判っきりした返辞が出来ましょうから……」
 と云い渋った。
 園子の考えでは若い木村康男へおしもを嫁がせたいのである。老夫人にしても同じことだった。ただ、どういうわけか唐沢氏がそれを渋るのである。
 その夜、いつものように炬燵で寛いだ折りに、老夫人は、
「園子から今日も電話がございましてね」
 と切り出した。
 夕刊に読みふけっている容子の唐沢氏は、
「ああ」
 と応えて、遽しく頁をめくった。新聞に顔が隠れていて見えないけれど、不興気な表情がよく分るのである。先夜のことがあってからの唐沢氏は真正面に夫人と顔を合せることを避けている容子で、こうして向いあっ
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