ある。この変りようが老夫人の心を妙に落付かせない。ひとつには、この頃特に目立つ唐沢氏の劬《いたわ》り深さということにも、夫人の心は拘泥りをもつのである。元から優しい方ではあるけれど、それが近頃は故意に、その優しさを誇示しているようなところがみえる。
出社前のいっ時を庭へ下りて万年青をいじるのが慣しの唐沢氏は、今朝も、屋根のかかった万年青棚の前にしゃがんで水にしめした筆の穂で丹念に葉の間の埃りをはらっていたが、ふと、縁に立った老夫人の気配に振りかえって、
「どうだね、この入舟の光沢《つや》は」
自慢げに背を斜に反らせて、足元の万年青鉢へ眺めいる恰好になった。
「まあ、傍へ来て儂の手入れぶりを見てごらん」
云ったかと思うと、性急に飛石を渡ってきて、自分から庭下駄を揃えてやり、リュウマチで足の不自由な老夫人の庭へ下りるのを扶けて、手をひいてやりながらそろそろと万年青棚の前へつれて行く。その良人の掌の温みに夫人はまごついて、何度も飛石につまずいては蹣跚《よろ》けた。そして、唐突なその劬り深さから遠い記憶が徐かに甦えってきて、夫人は捜るように、和んだ良人の横顔を見やるのだった。
良人が常
前へ
次へ
全38ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
矢田 津世子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング