すから、そのお為をようく考えてあげて下さい。たのみます」
逸る番頭へ母は手をついて詫びいるような容子であった。人前では父の非行をあくまでも庇いたてるというのが母の常である。その非行を自分の罪にして引け目な思いで暮している。伊予子の見てきた母は、一生をこうして暗く鬱っした思いで終ったのだった。
その母を、今、年老いた伊予子は自分の裡に見るのである。母を不憫に愛おしむ気もちが、しぜん自分へも注がれる。けれど、この気もちの中には何やら歯痒いような憤ろしいような感情が含まれている。そして、これを払い落そうとする心が、知らず知らずに自分の裡から母を追い立てているのだった。
同じあそび[#「あそび」に傍点]をするというても、父の場合は妾宅を泊り歩くのが慣しであったが、唐沢氏は妾宅をつくるということをせず、気にいりの芸者へ凝るという風である。
「俺はお茶屋あそびをするが、玄人相手じゃあお前も妬くわけにはいかんだろう」
時折り、冗談めかしく唐沢氏はこんなことをいう。その口吻には、嫉妬を起してもらっちゃあ此方が迷惑をするからなあ、と暗に夫人を窘《たしな》めておいて、その心に釘を一本ぶちこんでいる
前へ
次へ
全38ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
矢田 津世子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング