泣くことがたびたびであった。
「さあ、いい児だから泣くのではありませんよ。母さんが悪かったこと」
 箱枕に額を伏せて泣いていた母は袖口でこっそりと眼を拭くと、起きなおって伊予子を抱きあげるのだった。母の瞼は腫れぼったくなっていて、薄暗い行燈の光りに、ほつれた髪が額に寂しい翳をつくっていた。その顔から、少女の敏感さで、伊予子には母の泣くわけがうすら分る気がした。
「母さん」
 呼びかけて、伊予子は無性に哀しく、母の胸に顔をおしつけてしくしくと泣き続けるのだった。ただ、訳もなく紋服姿の父を悪い人だと思った。そして、母の膝にゆすぶられながら泣きじやくっていた顔がおたばこぼん[#「おたばこぼん」に傍点]に結うた小さな頭をかくんと仰向けて、微かな寝息を立て初めるのだった。
 或る日のこと、番頭相手に母がこんな風に云っているのを伊予子は聞いたことがあった。
「旦那の身を案じて御意見を申しあげようと云うて下さるお前さんの心はようく分りますが、これは少し早まったことかと思います。旦那の放蕩はお仕事を励ますためのもので、決して、ただのあそびとは考えられません。いわば、あの放蕩がお店を繁昌させているわけで
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