を駈けて行く。いかにも好々爺然とした恰好であった。
「お父さま、お元気そうだこと」
廊下へ頸をかしげて見送っていた園子が独り言に云った。
「この頃は余計お元気でねえ」
老夫人が苦笑した。
「ほんとうにね、お父さまこの頃は工場の方もお廻りですって? 横尾からきいたんですけど、仲々お眼が届くから職工の働きが違うそうですわ。大そう能率が上るそうで、横尾なんか、とても叶わないって云ってますわ」
その話に、老夫人は素直に頷いた。そして、良人の活動力を尊敬する心が、ふと、それに繋がるおしもの存在を必要なものに考える。何人の妻がこの錯覚におちいることだろう。良人の活動力の源泉をおしもに見ることによって、おしもの存在が許される。妾というものの存在理由も、ひとつには、妻のこうした諦観的な態度に繋っている場合が多い。子供の頃の夫人は、母のこうした姿のみを眺めて暮してきた。父は羽後でも名だたる酒の醸造元で、今でも名酒と折紙をつけられている「鶴亀」「万代」など、この父の苦心の賜物であった。生来、活動的に出来ている体が、朝は明け切らぬうちから酒倉へ入って杜氏を励ましたり酒桶を見廻ったり、倉出し時には人夫に
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