も、それとなく独身の社員を探すようになる。木村康男といって、本年二十八歳、商業出の俸給六十円、会計課勤務の男と、もうひとり、永年この社の小使いをしている安藤久七という四十男、先年女房に死なれたのでその後釜を欲しがっているという。横尾氏はこの二人を候補者に内定しておいて、万端は園子へまかせてしまった。
今日も、電話口へ呼び出された老夫人は、園子に返辞を強いられて、
「まだ、お父さまへもよく御相談をしてみませんからねえ、あすにでもなったら判っきりした返辞が出来ましょうから……」
と云い渋った。
園子の考えでは若い木村康男へおしもを嫁がせたいのである。老夫人にしても同じことだった。ただ、どういうわけか唐沢氏がそれを渋るのである。
その夜、いつものように炬燵で寛いだ折りに、老夫人は、
「園子から今日も電話がございましてね」
と切り出した。
夕刊に読みふけっている容子の唐沢氏は、
「ああ」
と応えて、遽しく頁をめくった。新聞に顔が隠れていて見えないけれど、不興気な表情がよく分るのである。先夜のことがあってからの唐沢氏は真正面に夫人と顔を合せることを避けている容子で、こうして向いあって坐っていても新聞を読むか、書見に時を過すか、眼をつむってラジオの小唄などに聞きとれている場合が多い。そんな時の老夫人は何か手持ち無沙汰で、居たたまれぬ気がした。今も、気のない返辞に話の穂を折られて困っていると、
「おしものことなら、そちらへまかせたはずだが……」
新聞から眼を離さずに云った。
「それでも、このことだけは御相談申しあげませんと……」
夫人は、木村康男と安藤久七をもち出した。そして、分が違うだろうけれど、木村がおしもを娶ってくれるなら、こんな仕合せなことはない、と自分の気もちを徐かに語った。
新聞の囲いの中でそれを聴いていた唐沢氏は、ちょっと考えている模様だったが、
「木村は過ぎる。安藤の方がよかろう」
押しつけるような声音だった。
「でも、年齢《とし》が大へんに違いますし、おしもが……」
それを云わせず、唐沢氏は、
「女中には小使いが相応だろう」
忙しく新聞を置いて、眼鏡をとりながら座を立った。
他にわけがあるにせよ、良人が安藤を推したのは、意外なことであった。おしもへはあれほど深い関りをもっている良人が、たとえ、おしもを手離すことで不快な思いをしているにしても、これまでの情愛から木村へ世話をしてやるのが当然のことだ、と夫人は思いこんでいたのだった。それが、今の言葉である。男の横暴さ、無慈悲さ、冷淡さ、を夫人はそこに見た気がして寒む寒むしい思いに閉じこめられるのだった。
唐沢氏が寝室に入った気配をききすませて夫人はおしもを呼んだ。
「この間の縁談のことだけれど、おしもは、木村さんと安藤さんと、どちらへ嫁《ゆ》きたい気なんだえ?」
霜やけでころころに膨れた手を膝の上で揉みながらきいていたおしもは、ニコニコした顔をあげて、即座に、
「どちらでも、よろしうございます」
と応えた。まるで、他人事を相談されているような暢気な顔である。
「そんな曖昧な返辞では困るのだよ。本人のおしもが決めてくれないでは、話が捗どらないからねえ」
云いながら老夫人は、こんどだけは良人の言葉をはじいて、おしもの希望通りに話を運んでやりたい、と念じるのだった。
「どちらでも、よろしいんでございますが……」
と、おしもは同じことをくりかえして困ったらしく俯向いて頬を掻いたりしていたが、
「旦那さまは、何んと仰言いましたんでございましょう?」
上眼で、こう尋ねた。
「旦那さまの御意見で、お前は動くおつもりかえ?」
「いいえ、ただ……」
おしもは眼を伏せた。唐沢氏の気もちを斟酌して、それで動こうとする容子がよく分るのである。
「お嫁にいくのは旦那さまではなく、おしもなのだから、おしもが独りで決めて構わないのだよ」
それを云いながら老夫人は瞼の熱くなるのを覚えた。唐沢氏に気兼ねをして、おずおずと居竦んでいるおしもが不憫だというよりは、おしもを其処におく無智の仕業が哀しまれた。
その夜は話がまとまらず、数日をすぎて、おしもの方から安藤のもとへ嫁がせてくれるように、と頼みこんできた。若い木村よりも、四十男の安藤の方が手堅そうだから、というのである。唐沢氏からも聞かされたのであろうが、それがおしもの望みとして頼まれれば、拒むことの出来ない夫人の立場であった。早速に、園子を招んで、この旨を伝える。園子から安藤へ話を橋渡しして、やがて、当の安藤久七が羽織袴に威儀を正して、唐沢邸へお目見得にやって来る。頭を熊さん刈りにしているのが気にいらないだけで、あとは仲々見映えのする色男だと、おしもも上機嫌である。老夫人のはからいで祝儀の仕度が初まった。師走に入っ
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