の肉体を蘇らせていくようなものである。こんなことが続いて、老夫人は少しずつ活気をとりもどしてきた。勝手口へ下りて、自分から御用聞きへ註文を云うたり、家の内を見廻って掃除の不行届な点を注意する。これまでの仕来りから夫人の身のまわりのことはおしもが勤めることになっているので日に何度となく顔を合せる。こんな子供っぽい顔をしているくせに、よくも悪さが出来るものだ、と憎らしく思う。恩を仇で返すような女だと思う。そう思うたびに、老夫人は気力の弾みを感じる。これが、妙に愉しいので、おしもを見てはひとりでに昂奮するようになる。妬情をかきたててみる。そして、愛情で繋っていた以前よりも、今は、憎悪と妬情からおしもの存在と離れがたいものになってくる。
 或る夜のこと、老夫婦が炬燵に温りながらラジオの長唄を聴いているところへ慶太郎が降りてきて、
「今夜はお揃いだから、久しぶりで麻雀でもしましょうか」
 と誘いかけた。
 唐沢氏も乗気になって、早速おしもを呼んで仕度をさせた。炬燵を離れては夫人がつらかろう、と劬わって、麻雀卓を櫓の上へのせるようにと指し図をするのである。やがて、仕度が整うと、座席が定められた。唐沢氏の右隣りがおしも、それから夫人に慶太郎という順である。おしもはいつものニコニコした顔で牌を取り、忘れたり順序を間違えたりする。そのたびに、唐沢氏は大笑いして、代って牌を取ってやったり眼くばせで順を教えたりする。それを見ている慶太郎は、物好きな眼つきでちょいちょいと老夫人の方を見やる。母にそれを知らせてやりたい悪戯っぽい心からである。老夫人には、その息子の眼ざしが気になった。あのことあって以来、慶太郎のおしもを見る眼ざしが変ってきていると気付く。これまで女中としてしか見ていなかったその眼が、急に、女としてのおしもを興味深く眺めてきたとも思われる。この頃、用もないのに慶太郎が女中部屋をのぞきこんで、おしもを揶揄っているのを見かけることがある。おしもの方でも、そんなことが嬉しいらしく、きゃっきゃっと声を立てて笑いこけている。そんな時には、唐沢氏を警戒する心が同時に慶太郎へも向けられて、眼ばなしのならぬ思いをする。今では慶太郎を唯ひとつの希望にして生き甲斐を感じてきた老夫人は、それだけに、慶太郎の裡に良人を見た時には動揺した。若しかしたら、慶太郎は自分と結ばれているよりは、より根深く良人と結ばれていはしないか。そんな気がしきりにする。そして、この父子をおしもにまかせては寸時も家を開けられぬ、と用心する。良人や息子を女中にまかせて安気に外出の出来る主婦は世に何人いるだろうか、とそのことにも夫人の思いは及ぶのだった。
 唐沢氏の座席からは少し頸をのばせばおしもの並べた牌がひと目で眺められる。おしもに必要な牌を唐沢氏が心して投げてやっている。老夫人は、そのことに先刻から気がついていた。その唐沢氏のおかげで、おしもは二度も上っている。
 慶太郎はそのたびに眼を円くして、
「今夜はおしもの当りだね。奢れ奢れ」
 と巫山戯かかった。
「あらいやでございますよ。お坊ちゃまは」
 おしもは大仰さに手を振って、きゃっきゃっと笑いこけた。
「ほら、また、お坊ちゃまが出た」
 慶太郎が威かすつもりの大声をあげると、腹をかかえて笑っていた唐沢氏が慶太郎を突っついて、
「お坊ちゃまの番だよ」
 と教えた。
 普段は、「慶太郎様」と呼びなれているのに、こうしたくだけた座ではきっとこの「お坊ちゃま」が出る。まるで、おどけ[#「おどけ」に傍点]にわざと出すようなものである。夫人にはそれが不愉快だったけれど、唐沢氏や慶太郎には耐らなく愛嬌にきこえるらしかった。
「北風」の時、夫人の手は稀らしく上首尾で、二萬一枚を待って上りである。夫人はその一枚を心おどらせて待った。二度も上ったおしもへ挑みかけるような気もちである。その待ちかねていた二萬を唐沢氏が捨てた。
「※[#「石+(朔のへん−屮)/(墟のつくり−虍)」、第3水準1−89−8]《ポン》」
 と叫んで手を出しかけた時、横からおしもの手がのびて牌を抑えた。
「おしもの方が先きだね」
 唐沢氏が云った。
「おしもの方が早かったよ」
 そして、牌をおしもの方へ押しやった。不意に老夫人が座を立った。
「あんまりです」
 云うたかと思うと、嗚咽をあげながら不自由な足を曳きずって部屋を走り出た。
「お母さん、どうしたんです、お母さん」
 慶太郎が追うた。
 老夫人は足袋はだしのまま庭へ下りたところであった。

     五

 そんなことが慶太郎から横尾の方へも洩れて、おしもの縁談が急に捗ってきた。面倒なことにならぬうちに、と園子は独りで気を揉むのである。毎日、園子からその話をきかされる横尾氏も、つい、おしものことが心にかかって、出社をしていて
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