せかけた。
 子供のいるということが妙に話を食い停めてしまう。老夫人は踏み出しのつかぬ気もちで焦れていたが、
「おしものことで、この間から相談をしてみたいと思うていたけれど、あの娘ももう年頃ですからねえ、どこか堅気なところへ嫁にやりたいと思うて……」
 話がいつかそれていた。
「急には心あたりもないけど、会社の人でどなたかいないかしら? 横尾にも話して心がけさせておきますわ」
「そうして頂けばわたしも安気ですよ。あれは小々呆んやりだけれど、まあ、気立てはよい方ですからねえ」
 それを云いながら、老夫人は自分の口を何やらよそものに感じた。

     三

 園子の持ってきた五もくを開いて遅い中食をすませたところへ唐沢氏が帰って来た。小刻みな性急な足どりで離れへ入ってきて、
「どうも、今日は眉が痒うて、珍客が来よると思っとったが、坊主だったのか」
 大きな掌で、孫のおかっぱを掻きまわすような具合に撫でていたが、食卓の上の五もく鮨を見付けると指でひと撮み口へ投りこんでおいて、
「さあ、坊主、お祖父さまのお部屋へ行こう」
 腰を屈めて自分も子供の背丈になり、手をつなぎあってチョコチョコと廊下を駈けて行く。いかにも好々爺然とした恰好であった。
「お父さま、お元気そうだこと」
 廊下へ頸をかしげて見送っていた園子が独り言に云った。
「この頃は余計お元気でねえ」
 老夫人が苦笑した。
「ほんとうにね、お父さまこの頃は工場の方もお廻りですって? 横尾からきいたんですけど、仲々お眼が届くから職工の働きが違うそうですわ。大そう能率が上るそうで、横尾なんか、とても叶わないって云ってますわ」
 その話に、老夫人は素直に頷いた。そして、良人の活動力を尊敬する心が、ふと、それに繋がるおしもの存在を必要なものに考える。何人の妻がこの錯覚におちいることだろう。良人の活動力の源泉をおしもに見ることによって、おしもの存在が許される。妾というものの存在理由も、ひとつには、妻のこうした諦観的な態度に繋っている場合が多い。子供の頃の夫人は、母のこうした姿のみを眺めて暮してきた。父は羽後でも名だたる酒の醸造元で、今でも名酒と折紙をつけられている「鶴亀」「万代」など、この父の苦心の賜物であった。生来、活動的に出来ている体が、朝は明け切らぬうちから酒倉へ入って杜氏を励ましたり酒桶を見廻ったり、倉出し時には人夫に
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