るもの、奥様のお下りのラッコの毛で縁どったショールが納まってあった。これは舶来物の飛切品だと奥様は今も惜んでいる。しかし、紺屋の婆様の鑑定によると、ラッコとは真っ赤な嘘で、兎の毛をうまく染めたものだという。虫のせいか、あちこちボッコリと毟り取ったように毛が抜けて、見るかげもなかった。
毎度、虫干しの季節になると、ぎんはこの三畳間に細引を張って、持物に風を通すことを忘れなかった。そんなとき、紺屋の誰かが格子窓から覗くと、ぎんは一つ一つに勿体をつけて自慢した。店の娘たちが汗になってミシンにしがみついているところへ、出しぬけにラッコのショールで現われて、みんなの度胆を抜いたりした。
この小部屋いっぱいに床をしいて、身を横たえたいっときは、ぎんにとってはまったく極楽の有難さである。胸に手を組み、奥様口ぐせの念仏を聞きおぼえに唱えながら、いつのまにか快い眠りに誘われる。夜中にむっくりと起き出して、暗がりをきょろきょろ見まわすことがよくあった。夢だったのかと、うっとりとした心地で、やがてまた、しずかな眠りに入る。
まったく不思議な話だが、長い年月、ぎんにはきまってみる一つの夢があった。広い立
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