れてしまったと、眼をうるませ、おろおろ話した。孤児同様な我が身にひきくらべて、ぎんは貰い泣きした。男の唐突な涙もろさ、おろおろした気弱さに、心が動かされるのだった。
 そんなことがあってから、ぎんは、つづらの捨吉を特別な優しさでみるようになった。そして休日にはどきどきして媾曳の場所へ急ぐのだった。人出のない郊外へ、男は出たがった。逢うといつもおろおろ声で「僕ほど不幸な男はいない。」と愬え、ぎんを当惑させた。男の涙もろさや気弱さは、ぎんにとっては愛情の誓いになった。
 夜に入ってぎんが帰りを気にし出すと、男はびっくりするような剣幕で引き止めた。暗い畑道を歩きながら男に手をまかせ、ぎんは不安と臆病さからしょっちゅうどきどきしていた。その臆病さが身を守って、あやまちもなかった。男は、堅人だと云ってからかった。女のそうした身の堅さに却って掻き立てられ、いよいよ執心した。
 工場の中でも評判になって居たたまれず、ぎんは捨吉と港寄りの小林町に家をもつことになった。一人者だときいていたのに、暮してみると男には子供があった。三度目のおかみさんの子だったが、死別したはずのそのおかみさんもしゃんしゃんして
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