した静けさが心の奥底にまで沁みる。すると、心の奥底にもまた白い模様レースが流れはじめる。ぎんは、ぼけたように機械を忘れて立っていて、よく小突かれた。監督になってからも、この機械からは離れられなくて、ずっと掛持だった。
機械に引き添いながら、ぎんはいろいろな模様レースを心の中で織った。子供のころ見なれた山の端の茜雲や、青空にふんわりとかかった白い薄雲や、いつかの明方見たことのある遠い空の燃えるようなだんだら雲を次ぎつぎと織っていった。それから夏の雨上りの虹の橋や朝露のつぶつぶを光らせた浅緑の草むらを織ってみたいと思った。その草むらにとまっている玉虫や羽根のすけてみえるかげろうを織りこんでみたら、どんなに綺麗かと思う。そしてまた虹の橋に霧がかかったところや梢を鳴らす優しい風の音もレースに織ってみようと、胸をふくらませるのだった。
ぎんが工場づとめをしている間に両親が次ぎつぎに死に、たった一人の兄は北海道へ渡って鉱山入りをしたまま消息を絶ってしまった。チブスで動きのとれなかったぎんは、とうとう親の死に目にも会えなかった。寺島捨吉と知り合ったのは、こうした不幸のあとだったのである。
その
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