りをさせたり拭き掃除をさせたり、口喧ましく叱言をいったりした。また、連れだって歩いている時、母親は容赦なくさっさと歩いた。寿女は息切れがして決して早くは歩けなかったから、この母親の並足に追いつくため、真っ赤になってせいせい息をきらした。母親のこの苛酷さは、母親の慈愛であった。
寿女は髪がよかったから、母親は口ぐせにその髪を自慢した。下町中の娘を寄せ集めてもこれくらいの髪をもっているもんはあれあしない、などと見惚れた。そして正月にはきっと桃われだの結綿だのに結わせて、つれ立って街通りへ出かけた。
寿女は人前へ出ると、しぜん、髪へ手をやるのが仕癖になった。
背を引け目にするどころか、てんで頓着しているふうも見えない。ここに、母親の纔かな安堵があった。いつも、おどけたことを言っては人を笑わせてばかりいるので、近所では「お寿女ちゃんは面白い娘《こ》だ」と評判になっていた。
まったく寿女はおどけたところのある娘であった。
顔馴染みの客の中には、笑わせられてひっきりがつかず、いつともなく、この小店先きに腰をおろして、お茶の馳走になることがよくある。長居を詫びて帰りがけに、つい気が引けてタワシだの目笊のような小物を余分に買いこんでしまうのであった。
仕立物のことで出入りをしている内儀《かみ》さんなども、こんなふうに言っていた。
「あたりや[#「あたりや」に傍点]さんへ行くのはいいが、どうも根が生えっちまうんでねえ」
母親の眼からみると寿女は人懐っこい子で、誰れかれの別なく切りがなかった。おもてを近所の娘たちが通りかかったりすると、寿女は燥ゃぎたって店先きに呼びこんで、こんなことを言ったりする。
「あたしね、結婚の相手は異人さんに決めたのよ。背が高くなくっちゃ困るの。あたしがこんなにおチビでしょう、旦那さまがノッポで奥さまがおチビで、子供たちは、それで、中肉中背ってところよ」
聞き手たちは怺え性なく吹き出して、異人さんもいいが、話しをするときお寿女ちゃんはどうするんだろう、と訝かる。
「それあ、梯子をかけるのよ」
寿女は澄まして応える。どっと上った笑声の中から、このひとは赤ちゃんをどこへおんぶするつもりかしら、などと珍問も出る。
「背中はもう貸切りだから、それあ、前へおんぶするわ」
円いきょとんとした眼つきが如何にもとり澄ましているので、それが可笑しいとて、また
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