轤オい。丈が高く、力がありさうで、全身の筋肉が好く発育してゐる。どんな悪魔にも恐れさうにない大胆な顔附をしてゐるが、意地が悪さうには見えない。顔はひどく日に焼けてゐて、鼻から下は八字髭と頬髯とで全く掩はれてゐる。手に大きい槲《かし》の木の杖を衝いてゐる外には、別に武器は持つてゐない。不細工な辞儀をして、純粋なパリイ人の調子で「今晩は」と云つた。
「まあ、掛け給へ。君は猩々の一件で来たのだね。実に立派な代物だ。随分|直《ね》も高いのだらうね。大した物を持つてゐるぢやないか。わたしは羨しくてならないね。あれで幾つ位になつてゐるのだらう。」ドユパンはこんな調子で話し掛けた。
 水夫は太い息をした。やれ/\余計な心配をしたが、この調子なら安心だと思つたらしい。そしてゆつくりした詞で云つた。「さうですね。わたしも好くは知りませんが、精々四歳か五歳位でせう。こゝに置いてありますか。」
「いや、どうもこの家にはあれを入れて置くやうな場所がないからね。ぢき側のドユブウル町の貸厩《かしうまや》に預けてあるから、あすの朝取りに往つて下さい。君が持主だと云ふ証明は十分出来るでせうね。」
「それは出来ます。」

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