lは己を知つてゐて、己が猩々の持主だと認めてゐる。己の身の上に就いてどれだけの事を知つてゐるのだか知らぬが、己の物だと分かつてゐる猩々を、あれ程の高価の物なのに、わざと受け取りに行かなかつたら、却て嫌疑が己に掛かるかも知れない。兎に角あの猩々や己の事に就いて、世間が穿鑿をし出すと面倒だ。それよりか素直に猩々を受け取つて来てしつかり閉ぢ籠めて置いて、あの血腥い事件の上に草が生えるまで待つに限る。まあ、こんな風に考へるだらうと思ふよ。」
 ドユパンがこゝまで話した時、梯子を登つて来る足音がした。
「君、その拳銃を持つてくれ給へ。併し僕が合図をするまで出して見せては行けないよ。」ドユパンがかう云つた。
 家の第一層の門口は開いてゐたので、来た人はベルを鳴らさずに這入つて、第三層まで梯子を登つて来た。それから我々のゐる室の外の廊下に来て、暫く立ち留まつてゐた。その内又梯子を下りる足音がした。ドユパンは忙しげに戸口へ出ようとした。その時足音は又梯子を登つて来るやうに聞えた。今度は猶予せずに戸の外まで来て戸を叩いた。
「お這入りなさい」と暢気らしい大声でドユパンがどなつた。
 這入つて来た男は水夫
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