ッる虞《おそれ》はないからね。仮に猩々を逃がした男がゐるとして、その男がマルタ航海会社の水夫でなかつたら、其男は僕が何か聞き違へたものだと思ふだけの事だ。若し又僕の推測が当つたとすると、大いに、こつちの利益になる。なぜと云ふにそれだけの事が分かつてゐると思ふと、その男がこゝまで出向いて来るのに来易いのだ。無論その男は自分で人を殺さないまでも、殺人事件に関係してゐるのだから、広告の場所へ猩々を受け取りに来るには躊躇せずにはゐられない。まあ、こんな風に考へるだらう。己は罪を犯してゐない。己は貧乏だ。あの猩々は随分金になる代物で、己の身分から見れば一廉《ひとかど》の財産だ。それを余計な心配をしてなくさないでも好い。どうにかして取り戻したいものだ。広告で見ると猩々を生捕つたのがボア・ド・ブウロニユだと云ふ事だ。さうして見ると人を殺した場所からは大分距離がある。それに智慧のない動物があれ程のことをしようとは誰だつて容易には考へ付くまい。警察もまるで見当が付いてゐないらしい。よしや動物の為業だと分かつたところで、己が現場を知つてゐると云ふことを証明するのがむづかしからう。広告で見ると動物を生捕つた
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