B
「どうもこれは人間の手ではないね。」
「よし。それならこゝにあるこの文章を読んで見給へ。」かう云つて友達の出したのは、キユヰエエの著書で、東印度諸島に産する、暗褐色の毛をした猩々《しやう/″\》の解剖学的記述である。初の方には体の大きい事、非常に軽捷で力の強い事、ひどく粗暴な事、好んで人真似をする事などが書いてあつて、それから体の解剖になつて、手の指の説明がある。己はそれを読んでしまつて云つた。
「成程、この手の指の説明は、君の取つた図に符合するね。どうも猩々より外にはこの図にあるやうな指痕を付けることは出来まい。それに君の取つて来たこの毛の褐色な色合もキユヰエエの書いてゐる通りだ。さうして見ると人殺をしたのは猩々であつたのだらう。併しまだ僕には十分飲み籠めないことがあるね。証人の聞いた声は二人以上で、中にフランス人がゐたと云ふのだからね。」
「成程、それは君の云ふ通りだ。君も覚えてゐるか知らないが、証人の中で大勢が聞き取つたフランス語の中に『畜生』と云ふ語があつた。あれを証人の一人が相手を叱るやうな調子だつたと云つてゐる。たしかモンタニと云ふ菓子商の申立だつたね。僕はあれに本づい
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