せて見れば、次の事実が分かるのだ。非常に軽捷だと云ふ事、一人の力とは思はれない程の力があると云ふ事、人間らしくない粗暴な事をすると云ふ事、意味のない荒しやうをすると云ふ事、これを合せて見ると、残酷の中に人間離れのした異様な挙動があるのだ。そこへ誰の耳にも外国人らしく聞えて、詞としては聞き取られない声を考へ合せて見るのだね。そこで君はどう判断する。どう云ふ考が君には浮んで来る。」
 ドユパンにこの問を出された時、己は骨に徹《こた》へるやうな気味悪さを感じた。そして云つた。
「気違だらうか。どこか近い所にある精神病院を脱け出した躁狂患者だらうか。」
「さうさ。君の判断も一部分から見れば無理ではない。併し躁狂の猛烈な発作の時だつて、そんな不思議な声は出さない。狂人だつてどこかの国の人間だから、どんなに切れ切れにどなつても、声が詞にはなつてゐる。そこで僕は君に見せるものがあるのだ。これを見給へ。気違だつて人間だから、こんな毛が生えてゐはしない。」かう云つて友達は手の平に載せた毛を見せた。「これはレスパネエ夫人が握り固めてゐた拳の中にあつた毛だよ。君はこれをなんの毛だと思ふ。」
 己はいよ/\
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