]証拠がまだある。煖炉の縁の上にあつた髪の毛だね。白髪の毛が幾束も根こじに引き抜いてあつたのだ。仮令《たとへ》二十本か三十本でも人の髪の毛を一しよに頭から引き抜かうと云ふには、どれだけの力がいるか、考へて見給へ。君も僕といつしよにあの髪を見たのだからね。あの髪の根には頭の皮がちぎれて食つ付いてゐたつけね。何千本と云ふ髪の毛を一掴にして、皮の付いて来るやうに抜いた力は大したものではないか。それからお婆あさんの吭の切りやうだね。吭を切つたゞけなら好いが、頭が胴から切り放してあつた。然もそれが剃刀で遣つたらしいのだね。それだけだつて人間らしくない粗暴な為業だ。その外夫人の体の挫傷も下手人の力の非常に強い証拠になる。ドユマアと云ふ医者と、エチアンヌと云ふ助手とが、鈍い器で付けた創だと云つたが、如何にもその通りで、その鈍い器は、僕の考では、あの中庭に敷いてある敷石だ。警察の奴等がそこに気の付かなかつたのは、例の窓枠に気の付かなかつたのと同じわけだ。内から釘が插してあると云ふだけを見て、それから先は考へずに置くと云ふ流義だね。」
「これまで話した事と、その外室内がひどく荒してあつたと云ふ事とを考へ
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