栫A僕はドユパンの説明が、不確ながら、どうやらぼんやり分かり掛かつたやうな気がした。今少しで分かりさうになつて、まだ分からないと云ふ点に到着した。好く忘れた事を思ひ出さうとする時、誰にもそんな経験があるものだが、今少しで思ひ出されさうで、やはり思ひ出されないのだ。友達は語を継いだ。
「僕はあの窓の話をしてゐるうちに、窓を逃道として考へることを止めて、入口として考へることにした。併し僕は這入るにも出るにも、あの窓を使つたものだと考へてゐるから、それで差支へないのだ。そこであの室内の状況を思ひ出して見てくれ給へ。箪笥の抽斗《ひきだし》は引き出して、中が掻き廻してあつて、何か取つたものらしいが、まだ、跡に品物は沢山残つてゐたと云ふことだつたね。僕が考へると、これは随分不思議な、又馬鹿げた判断だ。跡に残つてゐたと云ふ衣類その外の品物が、抽斗にあつた品物の全部だつたかも知れないぢやないか。レスパネエ夫人と娘とは、世間と交際をした事もない。外へもめつたに出ない。さうして見ると衣類なんぞは沢山いらない筈だ。それに残つてゐる衣類は、その親子の女の身分としては極上等の衣類だとしなくてはならない。若し賊が
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