F達は入口の戸を顧た。それから語を継いだ。「実は僕は今客を待つてゐる。その客と云ふのは多分下手人ではあるまいが、少くもあの血腥い事件に或る関係を有してゐる人物なのだ。僕の推察では、その男は犯罪の最も重大な部分に対する責任は持つてゐないだらう。大抵僕の推理は適中する積りだ。僕の謎を解く手段は、今来る客を基礎にしてゐるのだから、これが適中しなくてはならないのだ。もうそろ/\来さうなものだと思ふが。それはどうかすると来ないかも知れない。併し先づ僕は来る方だと思ふ。そこで来たらそいつを逃さないやうにしなくてはならない。見給へ。こゝに拳銃が二つある。君も僕も打つ事は知つてゐる。これが用に立つかも知れないのだよ。」
己はその拳銃を手に取つたが、なんの為めにさうしたのだか分からなかつた。又友達の言つてゐる事も、十分腑に落ちなかつた。ドユパンは構はずに饒舌り続けてゐる。それが独語《ひとりごと》のやうな調子である。こんな時の友達の様子が、余所に気を取られたやうな、不思議な様子だと云ふ事は、己は前に話した筈だ。友達は己を相手に物を言つてゐるのに、その格別大声でもない声が、なんだか余程遠い所にゐる人を相手
前へ
次へ
全64ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 林太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング