tけることはどうしても出来ない。そこで警察は途方にくれてゐる。それからあの部屋が極端に荒されてあつたと云ふ事や、娘の死骸が頭を下にして煙突にねぢ込んであつたと云ふ事や、母親の死骸に恐しい創が付けてあつたと云ふ事や、その外僕が今更繰り返すまでもない若干の事実が、評判の警察官の鋭敏を横道に引き込んで、警察官は全然観察力を失はされてしまつた。その横道に引き入れられたと云ふのは外でもない。これは極|粗笨《そほん》な、ありふれた誤謬だね。即ち単に尋常でない事と深い秘密とを混同するのだね。ところが目の開いたものから見ると、その尋常でないと云ふ事柄が却て真理の街《ちまた》を教へる栞になるのだね。かう云ふ場合に捜索をするには、「どう云ふ事が行はれたか」と云ふよりは寧ろ「行はれた事の中で、どれだけが前例のない事か」と云ふところに着眼しなくては行けない。いづれ僕はこの謎を容易に解いて見せる。いや、もう解いてゐると云つても好い。ところがその容易なところと、警察なんぞの目で解釈すべからざるものと認るところと一致してゐるのだね。」
 この詞を聞いた時、己は呆れて詞もなく友達の顔を見詰めてゐた。
 かう言ひ掛けて
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