その「特別な」と云ふ詞の調子が己には妙に聞えて、なぜだか知らぬが、己はぞつとした。己は云つた。「いや。どうも特別な事は僕には発見せられなかつたね。僕の気の付いたのは、大抵新聞に書いてあつた位の事だね。」
友達は云つた。「どうも僕の考へたところでは、ガゼツトなんぞはあの事件の非常に気味の悪い方面に、まるで気が付いてゐないのだね。だが新聞紙の下らない意見なんぞは度外視するとしよう。僕の考では人が解釈すべからざる秘密だと思つてゐる廉《かど》が、却てその秘密を訐《あば》き易くするわけになるのだね。あの事件の行はれた周囲の状況は、捜索すべき区域を極狭く、はつきりと限つてくれるから、僕は都合が好いと思ふ。なぜ警察がまご/\してゐるかと思ふと、あの場合に人を殺すだけの動機はよしや推測することが出来るとしても、なぜあれ程惨酷な殺し態《ざま》をしなくてはならなかつたかと云ふ動機がどうしても見付からないからだ。娘の殺されてゐた部屋に誰もゐなかつたと云ふ事実、それから梯子を登つて行つた人と擦れ違はずに、人間があの家から逃げ出す筈がないと云ふ推測、この二つのものと、多くの人の聞いたと云ふ争論の声とを結び
前へ
次へ
全64ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 林太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング