フ近隣の家々をも綿密に見てゐた。己はそれを無駄な事のやうに思つた。
それから我々は再び家の裏口に戻つて、ベルを鳴らして警察の認可証を見せた。番をしてゐた役人が、我々を家の中へ入れた。我々は梯子を登つて、例のレスパネエ家の娘の死骸があつたと云ふ室に這入つた。そこに今は母親の死骸も一しよに置いてあるのである。己の目に這入つたのはガゼツト・デ・トリビユノオ新聞に書いてあつたやうなことだけである。ドユパンは何もかも綿密に検査した。二人の女の体をも見た。それから残の部屋々々を歩いて見て、とう/\中庭に出た。その間憲兵が一人我々に離れずにどこまでも付いて来た。ドユパンの検査は日の暮れるまで掛かつた。役人に暇乞をして帰道に掛かつてから、ドユパンは或る新聞の発送所に立ち寄つた。
ドユパンと云ふ男が妙な癖のある男だと云ふことは、己はもう話した筈だ。だから己は何事も友達の勝手にさせて置く。その晩にはなぜだか知らぬがドユパンは病院横町の殺人事件の話をわざと避けてしないやうにしてゐた。それから翌日の午頃になつてドユパンは突然己に言つた。「君はあのいまはしい場所で、何か特別な事に気が付きはしなかつたかね。」
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