ヘあらざりき。外道《げだう》と叫び、馬鹿と叫びしを辨別したるなり。後の人は外国人なりしが如し。男女の別明かならず。何国の語とも決し難けれども、恐くはスパニア語なりしならんか。本人の申し立てたる室内の状況は余等が昨日の紙上に記したるところと異ることなし。
 アンリイ・ドユワルは隣家の飾職にして、主に銀細工をなせり。その申立次の如し。本人は屋内に最初に入りたる中の一人なり。初めの状況は憲兵卒ミユゼエの申立に同じ。屋内に入りたる数人は、内より扉を鎖したり。これ深更なるに拘らず多数の人、戸口に集りゐて籠《こ》み入らんとしたればなり。本人は彼異様に鋭き声を発せし人をイタリア人ならんと思へり。本人の推測するところにては、その人のフランス人にあらざりしことは確実なるが如し。たしかに男子の声なりとも云ひ難けれども、婦人の声とは思はれずと云へり。発音に依りてイタリア語ならんと推測したれども、本人はイタリア語を解せざるゆゑ、何事を言ひしか分からざりきと云へり。本人は平生二人の女子と親しく交り、詞を交しゝ事あるゆゑ、彼の鋭き声の母子の声にあらざる事は疑を容れずと云へり。
 オオデンハイメルは飲食店の主人にし
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