ト、その申立次の如し。本人は法廷より召喚せられしものにあらず。陳述の為め自ら進んで法廷に出向きたるものなり。本人はフランス語を善くせざるゆゑ通訳に由りて申し立てたり。本人はアムステルダムに生れしものなり。本人は彼屋内にて叫声の起りたる時町を通り掛かりしものなり。叫声の聞えしは数分間と覚ゆ。恐くは十分間位なりしならん。高声を長く引きたるものにて、気味悪く、神経を震盪するが如き響なりき。本人は屋内に入りたる数人の中なり。屋内の事に関する申立は前数人と略《ほゞ》同じけれども、只一箇条相違せり。本人の推測するところに依れば、彼の鋭き声は男の声にて、たしかにフランス人なりきと覚ゆと云へり。但し何事を言ひしか明かならず。忙はしげなる高声にて調子不揃なりき。激怒若しくは恐怖に由りて調子を高めたるものゝ如く聞き做《な》されたり。前には鋭き声と云ひしが、鋭しと云ふ形容は当らざるやも知れずと云へり。今一人のそつけなき声は度々外道と呼び、畜生と呼び、こらと呼びしを記憶すと云へり。
 ジユウル・ミニオオは銀行業者にして、ドロレエヌ町なるミニオオ父子商会の名前主なり。老ミニオオの方なり。その申立次の如し。レスパ
前へ 次へ
全64ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 林太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング