の二つの花形が雨に洗はれたのが、二つの創の新しい瘢痕のやうに見えた。
 レオネルロと己とは一つ馬車に乗つた。二人はピエンツアに泊る筈であつたのに、市より余程手前で日が暮れた。そこはひどく暗いピニイの林の中であつた。今少しで林を出離れようとした時、恐ろしい叫声が聞えた。一群《ひとむれ》の剽盗《おひはぎ》が馬車を取り巻いた。中にも大胆な奴等が馬の鼻の先で松明《たいまつ》を振ると、外の奴等は拳銃の口を己達に向けた。己達の連れてゐた家隷《けらい》は皆逃げてしまつた。
 己達は囲《かこみ》を突いて出ようとしたが、二人の剣は功を奏せなかつた。己は造做《ぞうさ》もなく打ち倒されて、猿轡を嵌められ布で目隠しをせられた。己はまだレオネルロが賊を相手にして切り合つてゐるのを見ながら、目隠しをせられたのである。賊の二人が己の頭と足とを持つて、大ぶ遠くへ己を運んで行つて、それから己を下に置いた。己が起ち上がると、賊は己の肩を撲《う》つて追ひ立てた。足の踏む所は一面に針葉樹の葉で掩はれてゐて、すべつて歩きにくかつた。暫く歩かせた後、賊は己の衣服を剥いで、己をピニイの木の幹に縛り附けた。己の背は木の皮でこすられて
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