我々はどう考へて見ても解決が附かぬので、皆眉を顰《ひそ》めてゐた。我々は早速支度をして、亡き友の死顔を石膏型に取つたが、その型の石膏と同じやうに、皆の顔には血の色が無かつた。
 どうしてもアルドラミンは自殺したとより外思ひやうが無い。我々は只いつ迄も死骸を目守《まも》つてゐる。そのうち我々一同の中に同時に恐るべき、非常な疑惑が生じて来た。それは一応自殺らしくは見えるものの、ひよつとしたら我々の中の一人が窓を閉ぢ窓掛を卸した闇を利用して、アルドラミンを刺したのかも知れぬと云ふ疑惑である。人間の心は秘密を蔵してゐるものである。世間には隠蔽せられてゐる事が沢山ある。併しそれにしても其|刺客《せきかく》は誰だらう。誰がこれ程の陰険な事を敢てしただらう。あれだらうか。これだらうか。
 誰の胸の中にも不安の念がひそやかに萌して来た。そして互に相猜疑《あひさいぎ》して、平気で目を見合せることが出来なくなつた。我々は物を探る様な目なざしをして鏡の影を見た。鏡の一面毎に我々の顔とアルドラミンの死骸とが変つてうつつてゐる。そしてその死骸が我々の中の誰をも皆仇敵として指さしてゐるかと思はれる。
 アルドラミ
前へ 次へ
全50ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 林太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング