あの人のはまだ水の出端《でばな》である。それにあの人が控目にしてゐるのだから、君と己とはそれを手本にして節制を加へなくてはならなかつたが、二人にはそれが出来ぬのであつた。己達は昔のやうに又島の倶楽部の卓を囲むことになり、それよりは屡《しば/\》博奕の卓を囲むことになつた。紙で拵へた仮面は己達の顔を掩つた。己達は興を縦《ほしい》ままにした。一体ヱネチアと云ふ土地ではさうせずにはゐられぬ事になつてゐる。君も己もヱネチアの子だから為様《しやう》が無い。二人の痴戯《ちき》を窮めるのを見て、レオネルロは微笑《ほゝゑ》んだ。
 そのうちに千七百七十九年のカルネワレの祭日が来た。祭日は例年よりも華美で賑かであつた。遊びは厭きる程ある中に、己達は一日を己の別荘で暮らすことにした。先づそれ丈の約束をして置いて、己は先へ別荘に来て、準備をした。翌日は君とレオネルロと二三の親友とが来る筈である。その又次の日には大勢の客が案内してある。寒気が珍らしく軽いので、大勢の客の来る日には、暮れてから庭で遊びをすることにしてある。己はそれが余程立派になることを期待してゐた。
 君は約束の日に期を愆《あやま》らずに来てく
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