に宛てた大きい封書が届いてゐた。中にはバルヂピエロの長い手紙があつた。種々《いろ/\》な事が書いてある。ジエンツアノの葡萄酒やピエンツアの無花果の事がある。それから例の不思議な事件の其後の成行がある。あの事件はそつちのためには不愉快では無かつただらうが、そつちを或る葛藤《かつとう》の中に引き入れたのは気の毒だと云つてある。兎に角客にあんな事をさせる主人は無い筈だから、主人を変に思つただらうと云つてある。今其手紙の一部を読んで聞かせよう。
「あゝ、我が愛する甥よ。御身もいつかは老の哀《あはれ》を知ることだらう。御身が顔を見なかつたあの娘を、その住んでゐた土地から、非常な用心をして秘密に奪つて来させた時、己は自分の老衰を好くも顧慮してゐなかつた。御身が来るまでにあれはもう二週間ばかり己の所にゐた。それに己はまだ一度もあれを遇すべき道を以てあれを遇することが出来なかつた。御身にも気が附いたらしかつた己の不機嫌はそれゆゑであつた。それに御身の若い盛んな容貌は愈《いよ/\》己の心を激させた。あゝ。己は御身の青春をどれ丈か妬《ねたまし》く思つただらう。此思を機縁として、己のあの晩の処置は生れて来た
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