己がフランスへ旅立つ頃には、とう/\痕なく消えてしまつた。
 パリイと云ふ美しい都会の遊興は、その多寡を以て論じても、その精粗を以て論じても、全く人の意表に出てゐる。己はあらゆる遊興に身を委ねて、月日の過ぎるのを忘れてゐた。舞踏があり、合奏会があり、演劇があるが、そればかりでは無い。バルヂピエロの紹介状が用に立つて、己は種々《しゆ/″\》の立派な人達に交際することが出来た。己は昏迷の中《うち》に日を送つて、ヱネチアの事やそこの友達の事を忘れてしまつた。併しそれは己ばかりの咎《とが》では無い。ロレンツオや、君も外の友達も己を忘れてゐたやうだ。そんな風で殆ど一年ばかり立つた。
 己はペロンワルと云ふ女を情人にしてゐた。体の小さい、動作の活溌な、舞踏の上手な女であつた。己は此女とロンドンへ往つた。これは女のためには職業上の旅行で、己はその道中の慰みに連れて行かれたのだ。ところがロンドンでロオド・ブロツクボオルと云ふ大檀那《だいだんな》が段々不遠慮に此女に近づいて来て、女は又ロオドと己との共有物になりたさうな素振をして来た。そこで己はペロンワルと切れた。
 パリイに帰つて見ると、イタリアから己
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