の羽がゆら/\と動いてゐる。耳には黄金の環が嵌めてある。黒い手で注いでくれるのは、己の大好なジエンツアノの葡萄酒だ。己はそれを飲めば飲む程機嫌が好くなつたが、主人の顔は見る見る陰気になつた。己に盛んに飲食させながら、主人は杯にも皿にも手を着けずにゐる。併し此場合に己の食機《しよくき》の振《ふる》つたのは、矢張模範として好い事かと思ふ。無論旅をして腹を空かしてゐるので、不断より盛んに飲食したには違ひない。併しそればかりでは無い。一体世間を広く渡つた人の言つてゐる事が※[#「言べん+虚」、第4水準2−88−74、92−上−1]でないなら、己は今にもどんな事に出逢ふかも知れず、又その出逢ふかも知れぬ事が千差万別なのだから、己はしつかり腹を拵へて掛かるべき身の上ではあるまいか。兎に角己はいつに無い上機嫌になつて来た。己は酒に逆《のぼ》せて、顔が健《すこ》やかな濃い紅《くれなゐ》に染まつた。それを主人は妬ましげに見てゐるらしい。心身共に丈夫な主人の事だから、誰をも妬むには及ばぬ筈なのに。
主人は岩畳なには相違ない。併し明るい燈《ともしび》の下でつく/″\見てゐると、どうも顔に疲労の痕が現れてゐ
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