に漲つた。ネルラが其上に粗末な麻布の、雪のやうに白いのをひろげて、襞の少しもないやうに、丁寧に手の平で撫でた。オランダの鳥の毛布団のやうに軟く、敷心地を好くしようと思ふのである。
夜なか近くなつた時、プツゼル婆あさんが編物を片附けて、目金を脱《はづ》して、卓の上に置いて、腕組をして、暫く炉の火を見詰めてゐた。それから襁褓《むつき》の支度をした。それから六遍続けて欠伸《あくび》をして、片々の目を瞑《つぶ》つて、片々の目をあけてゐた。
そのうちリイケが両手の指を組み合せて、叫び出した。「プツゼルをばさん。どうかして下さい。」
「それはね、をばさんもどうもして上げることは出来ません。我慢してゐなさらなくては。」プツゼル婆あさんはかう云つた。
トビアスが傍で云つた。「もう夜なかだ。料理屋にゐる人達も内へ帰る時だ。」
リイケは繰り返して云つた。「あゝ。ドルフさん。なぜまだ帰つて下さらないのだらう。」
ネルラがリイケを慰める積で云つた。「繋《かか》つてゐる舟でも、河岸の家でも、もう段々明りを消してゐます。ドルフも今に帰つて来ませうよ。」
併しドルフは容易に帰らない。
夜なかを二時過ぎ
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