にあの人に見られたのね。」
 少年は手紙を読んでしまつてから、大股に室内を歩き出した。なんだか今までの苦痛が無くなつたやうな心持がする。動悸が烈しい。兎に角一人前の男になつたといふ感じがある。アンナが己に保護を頼むのだ。己は女を保護する地位に立つのだ。保護して遣れば、あの女は己の物になるのだと思ふと、ひどく嬉しい。血が頭に昇つて来る。そこで椅子に腰を掛けた。その時、どこへ行つたら好からうと云ふ問題が始めて浮んだ。
 この問題の解決は中々付かない。そこでそれをぼかす為めに、跳り上がつて支度をし始めた。
 少しばかりのシヤツや衣類を纏めて、それから溜めて置いた紙幣を黒革の紙入れに捻ぢ込んだ。それから忙しげに、なんの必要もない抽斗《ひきだし》なぞを開け放して、品物を取り出しては、又元の位置に戻したり何かした。机の上にあつた筆記帳は部屋の隅へ投げた。「己はもう出て行くからこんな所に用は無い」と、壁に向つて息張《いば》つてゐると云ふ風である。
 夜中過ぎに寝台《ねだい》の縁に腰を掛けた。眠らうとは思はない。余り屈んだり立つたりしたので、背中が痛いから、服を着た儘で、少し横になつてゐようと思つたの
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