たまゝで、変な調子でこんな事を言つてゐる。話の跡の方の詞を言つてゐる様子は、「実際さうしてゐるのだ」と、自分で考へて見ながら言ふらしく見えた。
 客は語り続けた。「働いてゐますよ。神が人間にお言附けになつた通りに働いてゐるのです。どうも盗みをしたり、人殺しをしたりするよりは、その方が好いやうです。早い証拠が、かうして夜夜中あなたの内の前を通つて、火の光を見て這入つて来れば、優しくして泊めて下さる。難有いわけぢやありませんかねえ。」
 この詞はどちらかと云へば、独語《ひとりごと》らしく聞えたのである。自分の今の生活に満足して、独語を言つてゐるやうに見えたのである。併し己は「それはさうだね」と返事をした。
 実際己はワシリといふ男の事を、知人《しりびと》から少し聞き込んでゐる。ワシリはこの辺に移住してゐる流浪人仲間の一人である。ヤクツク領の内で、大ぶ大きい部落の小家《こいへ》に二年程前から住つてゐる。家は湖水の側で、森の中に立つてゐる。移住民の中に、盗賊もあり、人殺しをするものもあり、懶惰人《らんだじん》が頗る多いが、稀に農業に精出すものもないではない。ワシリはその一人である。農業を精出せ
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