ものですか。まあ。考えて見て下さいよ。
令嬢。(優しく。)それでも済んだものは済んだのでございますから、どう致す事も出来ませんわ。あんな席で、人の中ではございましたけれど、あなたがそうあそばすものでございますから、わたくしの心の底の底まで明放して、わたくしのあなたに捧げられるだけのものは捧げてしまったのでございますの。(画家|徐《しずか》に手を放す。)あなたの感情の猛烈な処も、お優しい処も、みんなわたくしには分っていますの。それですから、どんな事をあそばしたって、意外だなんとは存じませんわ。ただ一刹那の間《あいだ》ではございましたけれど、あなたはただ手と手とが障ったばかりで、わたくしを裸体《らたい》にしてお抱《だ》きあそばしたのでございますよ。
画家。(煩悶《はんもん》して。)どうぞ堪忍して下さい。
令嬢。(画家の方へ俯向《うつむ》く。)わたくしはそれを後悔なんか致しませんの。わたくしのためにも大きい幸福でございましたわ。本当に嬉しいと存じましたわ。
画家。(顫《ふる》いつつ仰ぎ見て、頼むように。)ヘレエネさん。(令嬢の膝の上に俯伏す。)
令嬢。(画家の髪を撫《な》づ。)本当にわたくし
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