れるように思ったのだが。(娘に。)己はそのお嬢さんに、己の絵の事をみんな話したのだ。
モデル。それでは去年の十一月におかきになった画《え》の事もお話しなさいましたの。
画家。それも話した。しかしおもにこれからかく分の事を話したのだ。今までかいた絵の事は向うにみんな知れているんだから。(娘不審気に画家の顔を見る。)そういっては分るまいが、己の既往の事が向うにみんな分ったのだから、己のかいた絵も、それがどんな絵か、どんな感情の絵かという事は向うに知れているのだ。熱心に、大急ぎで、切れ切れに話すうちに、何もかも不思議に向うに分ったのだ。しかしさっきも云う通り、主《おも》に話したのは未来にかく絵の事だ。それは是非話さなくてはならなかったからな。
モデル。(小声に。)よくまあそんなに何もかも一度にお話しなさる事が出来ましたのね。
画家。そうさ。そのうちにこんな絵があったよ。移住者という題なのだ。広い、平《たいら》な畠《はた》がある。収穫の後《のち》だ。何んだかこう利用してしまった土地というような風で、寂し気に、貧乏らしく見えている。そこを人が立ち去る処なのだ。一|群《むれ》の人がぴったり迫《せ》
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