い緑に見えてゐて、他の一方、楡の木の周囲は暗い蔭になつてゐる。周囲を鞘翅虫《せうしちう》が群り飛んで、木の幹に打《ぶ》つ付かつては地に落ちる。セルギウスは夕食が済んだので、静な祈祷をし始めた。
「イエス・クリストよ。神の子よ。我等に御恵《みめぐみ》を垂れ給へ。」先づかう唱へて、それから頌《じゆ》を一つ誦《じゆ》した。頌がまだ畢《をは》らぬうちに、どこからか雀が一羽飛んで来て地の上に下りた。それが啼きながらセルギウスの方へ躍つて近づいて来たが、何物にか驚いたらしく、又飛んで逃げた。セルギウスは此時あらゆる現世の物を遠離ける祈祷をした。それから急いで商人の所へ使を遣つて、娘を連れて来いと云はせた。娘の事が気に掛かつてゐるのである。セルギウスが為めには、知らぬ娘の顔を見るのが、慰みになるやうな気がした。それに父親もその娘も自分を聖者のやうに思つてゐて、自分の祈祷に利目《きゝめ》があると信じてゐるのが嬉しかつた。セルギウスは聖者らしく振舞ふ事を、不断|斥《しりぞ》けてはゐるが、心の底では自分でも聖者だと思つてゐるのである。
折々はどうして自分が、あの昔のステパン・カツサツキイがこんな聖者、こ
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