てたので、靴の音は猶高く聞えた。
やう/\の事でセルギウスは一人になつた。セルギウスはいつの日だつて祈祷をすると客に逢ふとだけである。併しけふは格別にむづかしい日であつた。早朝に位階の高い人が来て、長い話をした。その次にはセルギウスを信じてゐる、宗教心の深い母親が、大学教授をしてゐて、信仰のまるでない、若い息子を連れて来て、出来る事なら帰依《きえ》させて貰はうとした。此対話はひどく骨が折れた。若い教授は坊主と辯論がしたくない。多分セルギウスを少し足りないやうに思つてゐるらしい。そこでなんでもセルギウスの言ふことを御尤《ごもつとも》だとばかり云つてゐる。その癖この信仰の無い若い男が安心立命をしてゐると云ふことが、セルギウスに分つた。セルギウスは、不愉快には思ひながら、今その教授との対話を思ひ出してゐる。
セルギウスに仕へてゐる僧が来て云つた。「何か少し召し上りませんか。」
「はあ。何か持つて来て下さい。」
僧は庵室の方へ往つた。そこは龕のある洞窟から十歩許隔たつてゐる。
セルギウスが一人暮しをして、身の周囲《まはり》の事を総《すべ》て一人で取りまかなひ、パンと供物とで命を繋いでゐ
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