、すぐ連れて来る。併し昼間は来られない。娘は明るい所を嫌つて、いつも日が入つてから部屋の外に出るのだと云ふのである。
「ひどく弱つてゐられますか」とセルギウスが問うた。
「いえ。大して弱つてはゐません。体は弱るどころではなくて、ひどく太つてゐます。併しお医者の云はれる通りに娘は神経衰弱になつてゐます。若しお許なさるなら、すぐに連れて参りませう。どうぞお手を娘の頭にお載せ下さつて、御祈祷をなさつて、病気の娘をお救下さい。そして親のわたくしが元気を恢復し、一族が又栄えて行く様になさつて下さい。」商人はかう云つて再びセルギウスの前に跪いて皿のやうに重ねた両手の上に頭を低《た》れて、動かずにゐる。
セルギウスは商人に再び身を起させた。そして自分のしてゐる業《わざ》の困難な事、困難でも自分がこらへてそれをしなくてはならぬ事を考へた。そして溜息を衝いて、暫く黙つてゐた後に、かう云つた。「宜しい。晩にその娘を連れてお出なさい。祈祷をして上げませう。併し今はわたしは疲れてゐますから、いづれ呼びに上げます。」かう云つて草臥《くたび》れ切つた目を閉ぢた。
商人は足を爪立てゝその場を立ち退いた。足を爪立
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