直すと云ふ事を聞いて、とう/\娘をこゝへ連れて来たのである。
 商人は群集を悉く追ひ払つた後に、自分がセルギウスの前に出て、突然跪いて、大声でかう云つた。
「セルギウス様。どうぞわたくしの娘の病気をお直しなさつて下さい。わたくしはかうしてあなたの前に跪いてお願します。」かう云つて丁度皿を二枚重ねるやうに手を重ねた。
 商人の詞や挙動は如何にも自然らしくて、何か習慣や規則でもあつて、それに依つてしてゐるやうである。娘の病気を直して貰ふには、これより外にはしやうがないと云ふ風である。その態度が如何にも知れ切つた事を平気でしてゐるやうなので、セルギウスもそれをあたりまへの事、外にしやうのない事と感ぜずにはゐられなかつた。併しセルギウスは商人に先づ身を起させて、その事柄を委《くは》しく話せと命じた。
 商人は話し出した。娘は当年二十二歳の未婚女《みこんぢよ》である。二年前に突然母が亡くなつて、その時娘も病気になつた。病気になつた時は急に大声で叫んだ。そしてそれ切り健康に戻る事が出来ずにゐる。商人はその娘を連れて千四百ヱルストの道をこゝまで来た。娘は宿泊所に置いてある。セルギウス様がお許なされば
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