り直した。そしてまだ顔の色の真つ蒼なのに、商人と寺番とを脇へ押し退けて、前の歌の続きを歌つた。此時三人の人がセルギウスにけふのお勤をお廃めになつたら宜しからうと云つて諫《いさ》めた。一人はセラビオンと云ふ寺番で、今一人は寺男である。今一人はソフイア・イワノフナと云ふ貴夫人で、此女はセルギウスの草庵の側へ来て住んでゐて、始終セルギウスの跡を付いて歩くのである。
「どうぞお構《かまひ》下《くだ》さるな。なんでもありませんから。」セルギウスは殆ど目に見えぬ程唇の周囲《まはり》を引き吊らせて微笑みながら、かう云つた。そしてその儘|勤行《ごんぎやう》を続けた。「聖者と云ふものはかうするものだ」と、セルギウスは腹の中で思つた。それと同時に「聖者ですね、神のお使はしめですね」と云ふ声が、セルギウスの耳に聞えた。それはソフイア・イワノフナと、さつき倒れさうになつた時支へてくれた商人とである。セルギウスは体を大切にして貰ひたいと云ふ人の諫《いさめ》も聴かずに、勤行を続けた。
 セルギウスが帰つて来ると、群集が又付いて帰つた。龕に通ずる狭い道を押し合ひへし合ひして帰つた。セルギウスは龕の前でミサを読んでし
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