くなつた。鬚は長く伸びて白くなつた。併し頭の髪は稀《うす》くなつたゞけで、まだ黒くて波を打つてゐる。

     五

 数週間|此方《このかた》セルギウスは思案にくれてゐる。今のやうな地位に自分がなつたのは、果して正しい行であらうかと思案するのである。勿論これは故意にしたのではない。後には管長や院主が手を出して今のやうな地位にしてくれたのである。最初は十四歳の童《わらべ》の病気の直つた時である。その時から此方の事を回顧して見れば、自分は一月は一月より、一週は一週より、一日は一日より内生活を破壊せられて内生活の代りに只の外生活が出来て来たのである。譬へば自分の内心を強ひて外へ向けて引つ繰り返されたやうなものである。
 自分で気が付いて見れば、自分は今僧院の囮にせられてゐる。僧院ではなるたけ客の多いやうに、喜捨をしてくれる人の多いやうにと努めてゐる。僧院の事務所では、セルギウスを種にして、なるたけ多く利益を得ようと努めてゐる。例之《たとへ》ばセルギウスには最早一切|身体《しんたい》の労働をさせない。日常の暮しにいるだけの物は悉《こと/″\》く給与してくれる。セルギウスは只客を祝福して遣る
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