。最初は此女の願を拒むのが正当だと確信してゐたのに、此時になつて、その拒絶したのが果して正当であつたかと云ふ疑惑を生じた。そこで間違のない処置をする積で、跪《ひざまづ》いて祈祷した。その祈祷の間に心中で解決が熟して来た。その解決はかうである。これは女の願を聴き入れて遣るが好い。若し息子の病気が直つたら、それは母の信仰の力で直るのである。此場合には、自分は只神に選まれた、無意味な道具に過ぎぬのである。
セルギウスは庵室の外に出て女に逢つた。それから息子の頭に手を載せて祈祷し始めた。
祈祷が済んでから母は息子を連れて帰つて行つた。帰つてから一月立つと、息子の病気は直つてしまつた。
山籠の信者が不思議の力で病気を直したと云ふ評判がその近所で高くなつた。それから少くも一週間に一度位病人が尋ねて来たり、又は人に連れられて来たりする。既に一人に祈祷をして遣つたので、今更跡から来る人を拒む事は出来ない。そこで病人の頭に手を載せて直るものが多人数である。セルギウスの評判は次第に高くなるばかりである。
セルギウスは僧院にゐたことが七年で、山籠をしてからが十三年になつた。その容貌も次第に隠遁者らし
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