「セルギウスさん。わたくしはこれから身持を改めます。どうぞわたくしをお見棄下さらないで。」
「宜しいからお帰り下さい。」
「どうぞ御勘辨なすつて、わたくしを祝福して下さいまし。」
板為切の奥から声がした。「父の名、御子《みこ》の名、精霊の名を以て祝福します。お帰りなさい。」
女は欷歔《すゝりなき》をして立ち上つて庵室を出た。
外にはいつも此女に附き纏つてゐる辯護士が来て待つてゐた。「とう/\わたしが賭に負けましたね。どうも為方《しかた》がありません。どつちの方にお掛けですか。」
「どちらでも。」女は橇に乗つた。
女は帰途《かへりみち》に一言《ひとこと》も物を言はなかつた。
一年立つてからマスコフキナ夫人は尼になつた。矢張|山籠《やまごもり》をしてゐるアルセニイと云ふ僧の監督を受けて、折々此人に手紙で教を授けて貰つて、厳重な僧尼の生活を営んだ。
四
セルギウスはその上七年間程山籠をしてゐた。最初は人が何か持つて来てくれると、それを貰つた。茶だの、砂糖だの、白パンだの、牛乳だの、又薪や衣類などである。併し次第に時が立つに連れて、セルギウスは自分で厳重な規則を立て
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