んだかぽた/\と水のやうな物が床の上に落ちる音がした。女は下の方を見た。そしてセルギウスの左の手から法衣をつたつて血の滴つてゐるのを見付けた。「あなたお手をどうなすつたのです。」口でかう云つた時、女はさつき前房で物音のした事を思ひ出した。そこで忙《いそが》はしくランプを手に持つて、前房へ見に出た。床の上には血まぶれになつた指が落ちてゐた。女はさつきのセルギウスの顔よりも蒼い顔をして、引き返して来て、セルギウスに物を言はうとした。
 セルギウスは黙つて板為切の中へ這入つて、内から戸を締めた。
 女は云つた。「どうぞ御免なすつて下さいまし。まあ、わたくしはどういたして此罪を贖《あがな》つたら宜しいでせう。」
「どうぞ此場をお立ち退き下さい。」
「でもせめてそのお創に繃帯でもいたしてお上申したうございますが。」
「いや。どうぞお帰り下さい。」
 女は慌《あわたゞ》しげに、無言で衣物を着た。そして毛皮を羽織つて寝台に腰を掛けた。
 その時森の方角から橇の鐸《すゞ》の音がした。
「セルギウスさん。どうぞ御勘辨なすつて下さいまし。」
「宜しいからお帰り下さい。主があなたの罪をお赦し下さるでせう。」
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