ウスは指をランプの火の上に翳《かざ》して額に皺を寄せて、いつまでも痛を忍んでゐようと思つた。最初はなんの感じもしなかつた。それから指がたしかに痛むとか、又どれだけ痛むとか云ふことが、まだはつきり知れぬうちに、セルギウスは痙攣のやうな運動を以て手を引いた。そして手の先を振り廻した。「いや、これは己には出来ない」と、セルギウスは諦めた。
「神様に掛けてお願します。ほんにどうぞ来て下さいまし。わたくしは死にます。あゝ。」
「己はとう/\堕落してしまはんではならぬのか。いや/\。断じてさうはなりたくない。今すぐに往きます。」かう云つてセルギウスは扉を開いた。そして女の方を見ずに寝台の側を通つて前房へ出た。そこにはいつも薪を割る木の台がある。セルギウスは手探でその台の所へ往つた。それから壁に寄せ掛けてある斧を手に取つた。セルギウスは「只今」と声高く答へて、左の手の示指《ひとさしゆび》を薪割台の上に置いて、右の手に斧の柄《え》を握つて、斧を高く振り上げて、示指の中の節《ふし》を狙つて打ち下した。指はいつもの薪よりは容易《たやす》く切れて、いつもの薪と同じやうに翻筋斗《とんぼがへり》をして台の縁に中
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